石川島には江戸時代に人足寄場がありました。「鬼平犯科帳」で知られる火付盗賊改方、長谷川平蔵の立案で発足した人足寄場は、無宿人の社会復帰を支援するための職業訓練施設でした。1866年、寄場の南端に、付近の船舶が安全に航行できるように人足たちの手で2階建ての灯台が築かれたそうです。灯台をかたどったモニュメント(佃1-11-4)は、画期的な社会政策の発祥地だったことを示しています。